かつての高学歴者たちが「普通の人」になった現実
かつて、名門大学や大学院まで進んだ人たちは、いわゆる「高学歴」というブランドを持って社会に出ました。
しかし、月日が流れ、中高年となった彼らを見渡すと、「別に高学歴らしさがどこにもない」という現実に直面します。
しかもその「普通さ」は、今の基準で言えばやや低スペック寄り。
ひと昔前の、のんべんだらりとした生き方を引きずっているだけで、現代の変化に適応しているとは言いがたい姿が目立ちます。
新人たちに見る、学歴を超えた本当の能力
一方、いま新人研修で教えている若手社員たちは、学歴にとらわれない多様なバックグラウンドを持っています。
高卒、専門卒、職業訓練校出身など、かつてなら「えっ」と驚かれる経歴の持ち主も多い。
しかし、彼らはしっかりと採用基準を突破し、
・臨機応変な立ち回り
・めげずに努力する粘り強さ
・オープンなコミュニケーション力
・他者をリスペクトする態度
といった、社会人として不可欠な能力を身につけています。
さらに、ITやAIといった時代に即した専門的なスキル訓練も積んでおり、未来に向けた強さを備えているのです。
今の若者と元・高学歴中高年の決定的な違い
それに比べて、かつての高偏差値・名門校出身者たちは、今となっては
「いったい何が秀でているのか」
よくわからない存在になりつつあります。
問題は、彼らがかつての詰め込み式教育に適応することで、
「自分はどうしたいのか」
「正解がない中で手探りしながら進めるか」
といった、現代で本当に必要な行動特性を育めなかった点にあります。
この違いが、今、年齢を重ねた彼らの「普通化」、いや「時代遅れ化」につながっているのです。
【参考学説】
この点について心理学では、「自己決定理論(Self-Determination Theory:SDT)」が参考になります。
SDTによると、人間は本来、「自律性」「有能感」「関係性」といった基本的欲求を満たしながら、自分自身の意思で行動していくことで成長する存在だとされています。
かつての詰め込み教育では、正解のある問題を他律的に解くことに重点が置かれており、「自律的な意思決定」「手探りでも挑戦する力」が育まれにくかったという問題があります。
スピリチュアル以前に取り組むべきリカレント教育とは
私は、スピリチュアルなセミナーで人間的成長や社会貢献について教えています。
ですが、元・高学歴中高年が「正解がない中でも何かを選び取り、自分なりの道を作る力」を持っていないと、そもそもスピリチュアル以前に「現実対応力」の段階でつまずいてしまうのだと痛感します。
彼らがまず優先的に取り組むべきは、リカレント教育ではないでしょうか。
ITリテラシー、最新のビジネストレンド、チームで働くためのコミュニケーション力……。
「高学歴だった」という過去に甘えず、今求められるスキルとマインドセットを自ら再構築する。
それが、スピリチュアルな成長を本当に意味あるものにするための、最初の一歩なのだと思います。