子どものころは、自分の感情や身の回りの小さな出来事が世界のすべてだった。大切にしていた花が咲いたりしおれたりすることが、何よりも大きな出来事だった。しかし、大人になるにつれ、より広い視点を持つようになり、自分の体調や家族の喪失でさえも、表には出さずに日々の仕事を続けることが求められるようになった。
会社を経営するようになると、さらに視点は広がる。個人の悩みや問題は、より大きな枠組みの中では些細なものと見なされることが増えていく。世界や社会の流れを考えれば、自分の会社の存続すら一つの小さな出来事に過ぎない。こうした大局的な視点は、経営や社会の中で生き抜くためには必要なものだった。
細かいことの大切さを見失う
しかし、その一方で、小さなことを大切にする気持ちはどこかで薄れてしまったように感じる。例えば、髪の毛を整えることや、洋服を選ぶこと、ネイルにこだわること。こうした個人的な細部へのこだわりは、大局的な視点を持つにつれて軽視しがちになる。
若いころや、まだ視点が広がっていない人々は、自分の個人的な出来事を大切にできる。そんな彼らを見ると、時に羨ましく思うことがある。彼らは、自分の世界の中で大切なことを素直に守り、それに没頭できる。一方で、私はどこかで「このこだわりは本当に意味があるのか」と考えてしまうことが増えた。
バランスを取る難しさ
では、大きな視点を持ちながらも、細かいことを大切にするにはどうすればいいのか。それは簡単なことではない。大局的な視野を持つことは成長の証ではあるが、同時に、細かいことを意識的に大事にしなければならないのかもしれない。
例えば、毎日の洋服選びや、髪型を整えることを「些細なこと」と切り捨てるのではなく、自分の気持ちを整えるための大切な行為として捉える。どんなに大きな視野を持とうとも、自分の人生は結局、自分の心と体がすべての中心にある。どれだけ社会を広く見渡せるようになっても、自分の命が尽きれば、その視点も失われる。
だからこそ、私はこれから「小さなことを大切にする」ということに、意識的に取り組んでみようと思う。これまでのように、社会や世界の流れを見ながらも、自分自身の些細なこだわりを大切にする。それが、成長の次のステップなのかもしれない。
大局を見据えながらも、微細を愛すること。そのバランスを探し続けることが、これからの課題になりそうだ。